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リオオリンピック雑感

2016年09月

リオデジャネイロオリンピックが終わりました。メダルラッシュが続いた日本選手団の最後を締めくくるように行われた男子マラソンで、猫ひろしこと滝崎邦明選手(カンボジア)が139位で完走するもNHKの中継ではまったく相手にされていないということに、このポジショニングの難しい選手の扱いに対する公共放送のジレンマが見えるようで、思わず皮肉な笑いを禁じえなかったのは私だけでしょうか。日本代表の3番目の選手が足を痛めていたようでどうにもスピードが上がらず、もしかしたら滝崎選手に負けるのではないかということが中継を見ながら非常に気になるわけですが、NHKのアナウンサーがその重要ポイントについて一切触れてくれないのでもどかしいことこの上ありません。最終的にはさすがに日本選手の圧勝だったようですが、もし結果が逆であったら、この話は日本オリンピック史上のタブーとして、未来永劫歴史から削除されていたことでしょう。同時に「猫ひろし」というお笑い芸人も、日本選手団大活躍の感動に酔いしれようという今この国に充満する幸せな空気に水を差した大罪人として、暗黙のうちに社会から登録抹消されていたのではないかと思います。

 私も世界中を調査して回ったわけではないので、確固としたデータをもって言えることではないのですが、日本人というのは世界で類を見ないほど、オリンピックで自国選手を応援する国民なのではないかと思います。もう随分と昔の話になりますが、私が留学のためにニューヨークに到着した時はバルセロナオリンピックの真っただ中でした。出発前の日本のメディアではその時も連日、日本選手の悲喜こもごもの人間模様の話でもちきりでした。ところが大都会ニューヨークに着いてみるとオリンピックの扱いは極めて小さく、ニューヨークタイムスのスポーツ面では前夜のヤンキースの詳細な試合経過の片隅に、こじんまりと結果だけが書かれています。米国がいくつメダルを獲ったかということには人々はまったく関心がないようでした。その時に初めて結成されたバスケットボールのドリームチームには、マイケル・ジョーダンやマジック・ジョンソンといったNBAのスーパースター達がこぞって選出されていましたが、そのことについてすら日本国内の方がよっぽど関心が高いように思われました。

 考えてみると、会ったこともない、それどころかそれまで存在すら知らなかった赤の他人を、単に国籍が同じだからという理由だけで応援する理由は見つからないという「グローバルスタンダード」はしごく合理的なように思えます。それでもチームスポーツであれば、ナショナルチームの場合チーム名が国の名前になるので、大いにナショナリズムが刺激されるというのはどの国の人にもあるようですが、見ず知らずの個人競技の選手に、同じ国籍だというだけで、オリンピックの期間限定で、まるで自分の事のように熱狂できるというのは日本人のかなり特異な性質なのではないでしょうか。

日本人というのは、内と外ということをはっきりと区別したがる国民です。内の中では和を重んじ、何事にも争いを避けて話し合いで物事を進めていこうとする。そこに熱情とか興奮というものは介在しにくいわけですが、これがひとたび外との対峙ということになると、とたんに「内」は理屈を超えた同一性ということだけで極めて強固に一体化し、打倒「外」に無条件かつ反射的に熱狂する。先の戦争以来長らく言われ続けている日本人の特徴であり、それは時に奇跡的な経済発展の原動力ともなる一方で、一つ間違えると世界で孤立してとんでもない方向に突っ走ってしまう大きなリスクもはらんでいるのです。今回のオリンピックにおける日本の熱狂をみていると、時は流れ世界が狭くなっても、日本人はやはり変わっていないということを非常に強く感じました。

 今回は総じて日本選手の調子が良かったから、敗者に対する国民の眼も極めて暖かいものでした。しかしこれがもし惨敗続きだった場合に、男子体操の床で金メダルを確実視されていながらメダルを獲れなかった白井選手や、オリンピック4連覇を逃した女子レスリングの吉田選手に対して、国民は同じような寛容な態度を示せたのか、私は大いに疑問であると思います。競技の終わった後のインタビューで、選手達は必ず周囲の人達への言及をします。結果が良ければ感謝、悪ければ謝罪。そこには日本選手が追わされている内なるものからの宿命、背負っているものの重さがヒシヒシと感じられて、少々息苦しいものを感じます。スポーツなのだからもう少しカラっといけないものかと思うのです。

さてオリンピック最後の華を飾る陸上のトラック競技4×100メートルリレーでは、日本チームが銀メダルを獲るという快挙を見せました。メンバーのうち誰も100メートル、200メートルの個人種目では決勝に残れなかった中でのリレー銀メダルであり、普通ではちょっと考えられないことです。その秘密は、まるで針の穴を通すかのように精密なアンダーハンドによるバトンパスにあるわけですが、日本チームはこれを完成させるために、何年もの間練習を重ねています。陸上競技というのは基本的には個人種目であり、リレーとは一種付け足しみたいなものと世界的には考えられています。この付け足しでメダルを獲るためのバトンパス練習に過大な時間を取られなければ、各メンバーとも悲願の100メートル9秒台も出せていたのではないかという悪魔の仮定が、どうしても私のようなひねくれ者の頭にはよぎってしまいます。

 そのような中で、最後の最後にまったく目立たないながらも、オリンピックという日本人にとっては神聖な場で通常の日本人とは別世界の新境地で闘いを繰り広げ、散ったのか輝いたのかよくわからない状況を演出して日本人を当惑させた滝崎選手に、私は自分でもよくわからない安堵感を感じてしまうのです。

代表取締役CEO  奥野 政樹
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