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もはやAIに勝てない人間の存在意義 ~イ・セドル九段 対 AlphaGoが示唆するもの~

2016年04月

先日、世界が注目する中、韓国が世界に誇るトップ棋士であるイ・セドル九段とグーグル傘下のディープ・マインド社が開発した人工知能であるAlphaGoによる囲碁の五番勝負が行われました。当社で囲碁が打てるのは私だけですが、複数の者がインターネット上のライブ配信を見ていました。囲碁というゲームがわかるかどうかに関わらず、人間とコンピューターの闘いというのは気になる存在なのです。当社には、AlphaGoを応援するという出現率1%未満ではないかと思われる変わり者もいるにはいるのですが、世の中殆どの人は、国籍を越えてイ九段を応援していたでしょう。その理由もほぼ共通で、「やがて進化しすぎたAIによって人間が滅ぼされるのではないか」という、漠然とした不安を払拭したいということではないでしょうか。
 つい5年ほど前までは、チェスや将棋ではコンピューターが人間のトップ・プレイヤーを完全に凌駕するようになっても、囲碁でそういうことは起こりえないと言われていました。そしてここ2年ほどは、急速にコンピューターが囲碁の腕を上げてきたことにより少々怪しくなってきたとはいえ、トップ・プロになるなどということは、まだまだとても無理と言われていたわけです。そこで、すっきりと人間の方が圧倒的に強いということが証明されて、皆「まあ、ターミネーターの世界はあと千年は来ないな」と安堵したかった。ところが、イ九段もシリーズ前は「コンピューターも随分強くなりましたが、勝つのは私でしょう」と余裕のコメントをしていたにも関わらず、結果はAlphaGoの4勝1敗という圧勝となり、世界を震撼させることとなったのです。

よく知らない方には、なぜ囲碁で人間がコンピューターに負けることがそんなにおおごとなのかわからないかもしれません。それは一言で言うと、囲碁というゲームには感覚的な要素が非常に多いというところにあります。チェスや将棋においては、コンピューターは次手以降のゲームの進行の可能性をすべて読んでしまうという力技を用います。あとは駒の重要度に応じてそれぞれを得点化し、どの進行だと駒を何点分獲得できるかという計算を行い、得点がもっとも高くなる手を選びます。そうなるとこれはもう、従来コンピューターが最も得意とする計算の世界に入ってしまいます。
 しかし囲碁ではこの力技はまったく通用しません。ここからはどうしても囲碁用語を使わざるを得ないので、わからない方にはさっぱりわからないとは思いますが、囲碁においては形勢判断において石が厚いか薄いか、あるいは重いか軽いか、また厚すぎて凝り形になっていないかといった、感覚的な判断が非常に重要になってきます。これは数値化できるものではありません。囲碁にもヨセや石の死活といった、明らかに回答がある要素もあり、この部分ではコンピューターは優れていても、感覚的な部分はどうにもならないとされてきました。
 ところが数年前にモンテカルロ方式というものがコンピューター囲碁に応用されるようになって、状況が大きく変わってきたそうです。ここでは状況を数値化して判断するということをもはやしないようです。かわりに膨大な数の一流棋士同士の棋譜情報をログとして蓄積し、実戦で現れる各局面に似た状況図を、その蓄積した棋譜データから都度抽出し、終局の状況から逆トレースして次の最適な一手を選び出す、ということをするそうです。こう書くと、何かコンピューターが特別なことをしているようにも聞こえますが、何のことはない、これは我々人間が経験から学ぶというプロセスときわめて似ています。例えば、我々は人間関係の構築において、次のどのような言動を取るのが最適か、ということを、次の手を一つずつ読みながら決めているわけではありません。幼少期から培われてきた経験をもとに判断するのです。そして人間関係構築の優劣は、そうした良質な経験の量と今の現実と過去の経験の共通性を見出し、今に適用する力の掛け算で決まります。達人になれば、自分の経験だけでなく他人の経験も判断の材料とすることができる。この他人の経験を歴史と呼ぶわけです。達人は自己の経験のみならず歴史に基づいて言動を取るということです。
 経験に基づいて判断するということは、その経験値が増えれば増えるほど、つまり経験を積み歴史を知れば知るほどその判断能力が向上します。つまり、AlphaGoは棋譜情報と言う歴史データ数を増やし、また自己の対局という経験を重ねるたびに強くなっていくわけです。AlphaGoはプログラムを更新しなくても自己努力で成長するということです。実際、今回の五番勝負に備えてまずヨーロッパ・チャンピオンと対局経験を積み、さらに、AlphaGo同士で対局を積んで集中トレーニングを行うことで、格段な進歩を遂げました。この直前の特訓による実力向上が、対局前のイ九段の自信を完全に覆す結果をもたらしたのでした。

また今回のシリーズを見ていて私は、無味乾燥で何が起きようと無感情な機械であるはずのAlphaGoに人格や性格らしき面白さが感じられてなりませんでした。第2局の37手目で見せた、これまで人間には思いもよらなかった、神のような手を打った後の有頂天さ、それに対して唯一敗北した第4局、イ九段の78手目の眩惑の一手に動揺し、その後ミスを連発して自滅するもろさ、そうかと思うと、第5局目では簡単な石塔シボリの筋を見落とし大損しているのに、やっぱりその後、やや乱れているようでも最後は勝ち切ってしまういわゆる「持ってる」感。対局前は、AlphaGoなんて、明白な回答があることは絶対に間違えないが、感性的になものを持ち合わせないつまらない奴だ、と思っていましたが、まったくの正反対です。不注意でミスばかりするし、地味な努力が嫌いだから基本的な技すらろくにできない。それなのに圧倒的な感性の輝き、ただそれだけで世界一になってしまう。これは「お調子者でやや情緒不安定な大天才」。つまり退屈な機械なのではなく、愛すべき人間そのものなのです。
 今回は確かに人間がAIに完敗しました。しかし私は、やがてAIに人間が滅ぼされるという恐怖心からは大いに解放されました。AIは確かに人類とDNAではつながっていません。けれども、これはやはり機械ではなく、人間なのではないかと思うのです。いつの日か、AIはすべての面で今の人類を凌駕する能力を持つことになるでしょう。そして徐々に、今の人間はAIに置き換えられ消えていく、そういうことになるのかもしれません。しかしそれは決して機械による人間の駆逐ではなく、単に今の人間がより高い能力を持った新しい人間へ進化したというだけのことではないかという気がしてきました。AlphaGo、その本質は、ダーウィンがいうところの進化の端緒である突然変異なのではないかと思うようになったということです。

代表取締役CEO  奥野 政樹
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