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世間知らず

2016年02月

年明け早々、国民的アイドルグループの事務所離脱と解散危機騒動が世の中を賑わしました。外部からの観測またはメディアの報道からだけでは窺い知れない複雑な事情はあるのでしょう。ただ一連の事の流れからはどうにも、「世間知らず」という言葉が連想されてならないのは私だけではないのではないでしょうか。このグループはこれまで長い間、厳しい芸能界でトップアイドルとしての座を張っています。そのためには人並み外れた努力もしているでしょうし、様々な修羅場をくぐってきた経験もあるはずです。なのにどうしても、「その割には…」という感が否めません。

 このグループのメンバーも大半はもう40歳代の半ばにさしかかろうとしています。その年齢になれば通常、人は何をやるにももう少し前後の見境というものを考えるようになります。世間を知って、何をやるにもリスクというものが見えるようになってくるからです。そのリスクに押しつぶされてしまって、ひたすら安全な道だけを歩くのが正しいと言うつもりはありません。時には敢然とリスクをとって、前に進むことによってのみ道が開けるということはむしろ普通です。そういう意味では、今回彼らが独立という選択をしたこと自体がそもそもおかしいとは私は思いません。しかし、そのためにはある程度のリスク分析と対策は用意しておかなければいけないわけです。ただこれも、あまり精緻にやったところでどの道現実は理屈とは大きく異なりますから、適当なところで割り切らなければいけないものではあります。けれども、まったくそういうリスクに気づかないまま、ただ勢いに任せて突飛な行動をとるというのは子供のやることです。

今回の騒動を見ていると、業界を牛耳る絶対者たる事務所からの独立という大勝負に出た割には、そのあたりのリスク分析と対応の考察がまったくなされていなかったのではないかと思われてなりません。繰り返しになりますが、彼らがひとかたならぬ努力を積み、各自がスキルを高め、トップアイドルの座を長い間維持し続けてきたことは尊敬に値すると思います。しかしながら、客観的に見た時に、彼らには彼らでなければできないこと、つまり代替えがきかないことというものは正直見当たりません。歌も、踊りも、演技も、MCも、確かにかなりやりますが、そのどれもが、とても一流と呼べるものではないわけです。むしろリーダーの歌が極端に下手であるということが、一番キャラとしては立っているとすら思われるのです。その状態であの強大な事務所を敵に回して闘っていくための戦略とは、一体何だったのか。そこに大きな興味を惹かれるわけですが、結果的に、一週間足らずで翻意して公開謝罪という腰砕け状態に陥ったところを見ると、やはりさしたる戦略もなく、勢いと思い付きによる子供っぽい世間知らずな突発行動ではなかったのかと考えざるを得ないわけです。

 これだけ世の中にも露出して活躍し、世間に揉まれているようでも、人は「世間知らず」になってしまう。人を世間知らずにしてしまう元凶とは、一体何なのでしょうか。私はそれは、「過保護」と「おだて」だと思います。このグループの場合は「おだて」に乗って調子に乗るような愚か者にはとても見えないので、おそらく世間知らずになってしまった主要因は「過保護」だと思います。一言で言えば、くだんの事務所が彼らが成功するための一挙手一投足まですべて決めてしまい、彼らには自分で判断し、決定し、行動する自由、つまり失敗する自由が一切与えられていなかったのではないかということです。

実はこれは、何も芸能界と言う特殊な世界だけの話ではありません。私達のような組織人にとっても、身近に「過保護」と「おだて」はいくらでも存在するのであり、自分は周囲に合わせてその期待に応えようと頑張っているつもりでも、気が付かないうちにいつのまにか取り返しのつかない世間知らずになってしまっているという例はたくさんあります。

 よく、有名な大企業に長年勤めてかなり出世もしたエリートサラリーマンが、三顧の礼で中小企業に迎えられたものの、まったく通用せずに困った存在になってしまう例を見かけます。そのような状態になってもそういう人は往々にして、「エリートである自分は周りの人間より優秀である」という前提だけは揺るぎません。潰れる自由を持たない大きな組織というのは、えてしてすべてが予定調和で動いています。そういう中では難しい顔をすることは求められても、自分の身に血しぶきが跳ね返ってくるような危険な決断や行動をすることは求められません。そういう根源的な危険からは、組織によって守られている。つまり「過保護」です。また世の中は、一流企業の社員だということで「優等」であるとおだててくれます。つまり「それでいいんだよ。」と表向きは自己の存在を承認してくれるわけです。そうなると、人はもうその組織の中から外には目が行かなくなってしまう。つまり世間知らずになってしまうわけですが、現実は、組織を一歩出た世間、そこは、魑魅魍魎が渦巻くジャングルであり、戦闘能力の無いものが生き残る余地はありません。身体を張って闘うという価値観がなく、汚れ仕事は自分はやらなくていいようになっているはずだという感覚が身についてしまっているのであれば、最初に獲って食われてしまうのが当たり前の世界なのです。

 また「おだて」という意味では、他人に教え導くということを当たり前のようにやっていると世間知らずになってしまうリスクがさらに高まると思います。そういうことを営みとする人をよく「先生」と呼びます。学校の先生以外にも、代議士や、医者、弁護士など色々な人がよく「先生」と呼ばれます。誤解の無いように書いておきますが、私はそういう職業の人がみんな世間知らずだと言っているのではありません。ただ先生というのは押しなべて、教えるものと教わるもの、知っているものと知らざるもの、という主従関係の中で、相手からの無批判、つまり「おだて」の極致という状態に置かれやすい。そういう意味で世間知らずになるリスクが高いのではないかということです。最近はモンスター・ペアレントもいて、学校の先生も厳しい批判にさらされているという反論もあるかもしれませんが、それは合理的な批判というよりはただのわがままな暴言の類に値するものであり、批判としては無意味なものです。

ある学校で、心の病になって3ヶ月間病気休暇を取っている先生に対し、本人を何度も呼び出しては事情聴取を行い、担任をしていた生徒全員に勇気づけの手紙を書かせた挙句、結局はその先生を退職させてしまったという話を聞きました。この対応は、今世間で言われているあるべきメンタルケア、つまり「ゆっくり休ませる」のまったく逆を行くものであり、世間知らずとしか言いようのない対応です。こういう例を見聞きすると、大元の原因は学校なのか、教育委員会なのか、文部科学省なのかはわかりませんが、教育というものを取り巻く世間知らずぶりに、正直驚きを感じます。

私達のように決して大きいとは言えない事業者は、世間から見放されればあっという間に消えて無くなってしまう儚い存在です。生き残っていくためには世間を知ることが絶対の必要条件になります。そのために、過保護にならぬように各人が常に外に目を向け、リスクをとって判断・行動し、甘いおだてにも決して自らを見失わないよう常に意識し、気を引き締めていきたいと思います。

代表執行役CEO  奥野 政樹
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