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CEOニュースレター

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50歳 

2014年11月

私事ながら、先日50歳になりました。新幹線とほぼ同じです。孔子曰く、「五十にして天命を知る」のだそうですが、私の場合、とてもそのような境地には達しておりません。日々、自分をどうするかにまだまだ忙しく、自分が何か天から使命を与えられているなどという実感はまったくないということです。それより気になるのは、孔子よりも私が尊敬する矢沢永吉先生が50歳になられたときに仰っていた、次のお言葉です。「50代のパスポートは40代を闘い続けた奴だけがもらえる。」当時私は30代半ばでしたから、このお言葉は正直、どこか遠い世界のお話に聞こえました。それが今、自分がその時を迎えて改めて強く感じるところがあります。多分50歳という年齢は、その後老化へ向かうか、それとも更に進化して、ひと花もふた花も咲かせるかの分岐点なのです。しかしそもそもその50代のゲームに参加できるかは、40代に手を抜かなかったかどうかで既に決まってしまっている。今更ジタバタしても間に合わないものはどうしようもない。残酷なようですが、おそらくこれが事実です。


自分はパスポートをもらえたのか、大変に気になるところであります。私の40代、仕事はずっとインターナップ・ジャパンです。この10年間、会社の立ち上げ期から軌道に乗せていくまで、それはもう、ちょっと信じられないような出来事が数々ありました。信じていた人から裏切られたこともあれば、目をかけていた人を切ったこともあります。こんなに深く複雑な人間関係に揉まれたのは、私の人生でこの10年をおいて他にありません。気が付いてみると、10年前からこの会社で一緒にやっている人は数えるほどしかおらず、今一緒に働いている人の殆どは、10年前は見たことも聞いたこともなかった人達です。普通に大企業でサラリーマンをやっていれば絶対にありえなかった環境だと思いますが、闘えたかと言えば、多分大丈夫でしょう。公私の「公」の部分では、50代のパスポートはもらえていると思います。


では、「私」の部分はどうでしょう。家庭の問題は、まあこの10年、人並みに色々あったわけですが、うちは共稼ぎですから、こういうのもなんですが世の男性諸氏一般よりは、私は家庭の問題にも関わってきたとは言えるのではないかと思います。ただ、社会貢献みたいな話になるともう逃げの一手、特に40代の後半はそうでした。子供達の学校のPTAはどんなに誘われても絶対にやらないし、ボーイスカウトの保護者活動にも消極的です。
ただ、こういうことはまったくやらなかったかと言えば実はそうでもなく、40代になったばかりの頃、実は2年ほど保育園の保護者会の役員にはまり、それでかなり懲りたという側面があります。

保育園の保護者会と言っても、毎年のルーティンをただやるだけという代物ではありませんでした。もともと保護者会がなかったところに、区立だった保育園が民営化されることになり、心配だから保護者会を作って欲しいとのことで、その設立委員を保育士の先生方から頼まれたものです。要するに、何もないところから保護者会を作るということです。また、先生方は表向きは絶対に言いませんでしたが、その意図は、保護者会を作って民営化に反対してほしいということであるのは明らかで、私のように、世の中基本的に民営化は良いことだと考える人間とは、そもそも方向性がまるで逆のものでした。それでも、日頃お世話になっている先生方から熱心に頼まれ、断ることができずに引き受けてしまったわけです。

そして、第1回目の保護者会設立委員会の日。選ばれたお母さん達20人程と私が、日曜朝の児童館に集まりました。民営化を回避しようと保護者を巻き込もうとしている保育現場。このかなり危ない政治的状況が明白に眼前にあるにもかかわらず、お母さん達はなんと呑気に、定期的に親睦をはかり、みんなが仲良くなることが保護者会の目的だという方向で話が進んでいきます。私は無性に腹が立ってきて、次のように吐き捨てて早々に退場したのでした。「保護者会は、民営化に向けて保護者を組織化し、その総意を形成して保護者の意向を民営化に反映するというものでなければ、私は興味がない。親睦なら仲の良い人達だけでやってください。」

どうも保護者内では、「変なお父さんが、KYなことを言って嫌な感じだった。」と噂になっていたそうです。私としても、これで面倒なことに関わらずに済んで大いに結構と思っていました。ところがその後、複数のお母さん達から「奥野さんがこの間言っていた、民営化に向けて保護者の総意を作る保護者会ってなんですか?」というメールをもらいました。そこで組織としての意思決定の基本、つまり、組織構成員が同意した規約に基づき選任された役員による機関行為としての意思決定とその執行について説明しました。ただ、こうも付け加えました。「面倒でしょう?民営化なんてもともと心配ないですよ。」しかし私の意に反して、「心配なんです。それやってみたいです。今度の委員会に来てみんなにもう一度説明してください。」と言います。「本気かいな」と思いつつも、その通りにしました。

すると、この間まで私を全体の和をぶち壊すKY悪魔のように喧伝していたはずのお母さん達が、手のひらを返したように「保護者の総意だ」と盛り上がり出したのです。結局、規約作りから設立総会もろもろ、全部やらなければいけないことになりました。更にその後、区や民営化の引き受け団体とは、何度も保護者会役員として折衝を重ねることになり、園との話し合いでは、「先生方も民営化に後ろ向きなことばかり言ってないで、一緒に民営化成功のために前向きに取り組みましょうよ。」と迫って泣かせてしまったりと、それはもう大変でした。こういうことはもう2度とやるまい。つくづくそう思ったのでした。


ただ、40代の最初に経験したこの出来事は、私をあるべき論から解放し、深く考えない行動先行型の人間にするという意味では、よかったのかもしれないと思います。そもそも私は「民営化などなんの心配もない。区に勝手にやらせておけばよい。」と思っているのに、その自分が、「民営化のために保護者の総意をまとめて区や園などの関係者に働きかける組織を作り、そこのリーダーをやっている」という自己矛盾。世の本には、そんな組織がうまくいくわけがないと書いてあるのですが、そうでもない、結構うまくいきました。少なくとも、私にはまったく理解ができなかった民営化に対する保護者の不安というものが大いに軽減され、みんな民営化に前向きになったことは事実です。また、お母さん達は初めて経験する組織行動というものが結構刺激的で楽しいらしく、信じられないスピードで成長していきました。結果的に、他の園では保護者と行政が不毛な対立に陥り、ただ時間稼ぎとしての民営化延期に陥っていく中、当園は保護者も大いに盛り上がりをみせ、良い形で民営化は計画通りに実行されました。その後に、民営化は良かったという声は多々あっても、やめるべきだったという声は一切ありませんでした。価値観とか、矛盾とか、ポリシーとか、世の中どうでもいい、とにかくやってしまえばどうにかなる、そういう発想が、私の中に強く根付いた40代初頭であったと思います。


そういう意味で、50代に入った今、10年前よりも強く感じるのは「自由」です。囚われるものが格段に減って、思い切って動けるようになりました。これって、もしかしたら孔子が言っている「四十にして惑わず」ということでしょうか。10年遅れですが、次のパスポートに向けて頑張ります。

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代表執行役CEO  奥野 政樹
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